大阪高等裁判所 昭和54年(ラ)681号 決定 1980年2月20日
抗告人 大阪トヨペツト株式会社
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
(抗告の趣旨)
原決定を取消し、本件債権差押及び取立命令の申立を認容する旨の裁判を求める。
(抗告の理由)
原裁判所は、本件債権差押及び取立命令申立の被差押債権の表示は特定しない旨判断して右申立を却下したが、右の表示で被差押債権は十分に特定されており、原裁判所の右判断は誤つている。
(当裁判所の判断)
1 一件記録によれば次の事実を認めることができる。
(一) 抗告人は、昭和五四年一一月三〇日原裁判所に対し大阪法務局所属公証人坂東治作成昭和五四年第二二一一号債務弁済契約等公正証書の執行力ある正本に基づき、債務者金本信義の第三債務者李順在に対する債権について債権差押及び取立命令の申立をしたが、差押えるべき債権を次のとおり表示した。
「一、金一四二万二〇九三円
ただし、債務者が第三債務者に対して有する左記根抵当権付債権
記
(1) 泉南郡泉南町新家九二三番一
宅地 四九三・二四平方メートル
(2) 泉南市新家九二三番地
家屋番号九二三番一
木造瓦葺平家建物置
床面積 五五・二一平方メートル
付属建物 符号1
木造瓦葺平家建居宅
床面積 一五三・四一平方メートル
右各不動産に対する大阪法務局尾崎出張所昭和五四年八月一〇日受付第一〇八七七号、原因昭和五四年六月一〇日設定、極度額金二〇〇〇万円、債権の範囲金銭消費貸借取引の根抵当権付債権」
(二) 原裁判所は、右の表示では差押えるべき債権の特定がされているということはできないとして、昭和五四年一二月一九日抗告人の申立を却下した。
(三) 前記各不動産については、昭和五四年九月一九日厚生省によつて滞納処分による差押がされ、同日その旨の差押登記が記入されており、また、先順位の根抵当権者である和歌山内海信用金庫の申立に基づいて原裁判所が同月二〇日競売手続開始決定をし、同月二二日その旨の任意競売申立登記が記入されている。
2 ところで、民事訴訟法第五九六条第一項が債権の差押命令を申立てるに当り債権者に差押えるべき債権の種類及び数額を開示することを要求しているのは、債務者及び第三債務者をして債務者の他の債権と区別することを可能にし、差押の範囲を明確にするためである。本件のように、根抵当権によつて担保される債権の範囲が登記簿上「金銭消費貸借取引」と表示されている場合には、継続的な取引より生ずる多数の貸金債権が根抵当権によつて担保されているものと推測され、被担保債権の元本が民法第三九八条の二〇により債権差押及び取立命令の申立時までに確定したとしても、確定時に存在した数口の元本債権が合体して一個の被担保債権となるわけではなく、それまでに発生した個々の債権は独立性を失わず、利息及び遅延損害金(以下「付帯金」という。)もそれぞれについて発生するのであつて、結局右根抵当権によつて担保される債権の中には、極度額の限度内における個々の債権の確定元本及び確定の前後を通じ個々の債権について発生する付帯金に関する債権が包含されているものといわなければならない。したがつて、右根抵当権の被担保債権を差押えるためには、少くとも右個々の債権の元本及びすでに発生している付帯金債権のうちどの債権を差押えるのかを特定するに足りる開示をすることを必要とし、たとえば、少くとも個々の債権のうち貸付の古いもの(同一債権内では元本を先にし、付帯金は発生の順序による。)から貸付の順序に従つて請求金額に満つるまで順次差押えるというような順序をつけて差押える方法で、差押えるべき債権を特定する必要がある。
本件債権差押及び取立命令申立における前記差押えるべき債権の表示では、根抵当権の被担保債権のうちどの債権を差押えるのか不明であつて、差押えるべき債権が特定されているものとはいえず、民事訴訟法五九六条一項に違反しているものといわなければならない。
3 よつて、右申立を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。
(裁判官 川添萬夫 吉田秀文 中川敏男)